馬の心を制御させる方法#20支配・リーダーシップ

こんにちは、平気で24時間起きてることが多くなったSazamiです。

 

今回は、支配・リーダーシップです。

 

 

ではいってみましょ(/・ω・)/

 

ミラー博士は、国際的に知られている馬の行動についての専門家であり、「生まれたばかりの仔馬の刷り込みトレーニング」を始めとする書籍および論文の著者である

 

①社会的順位

ウシ、ヒツジ、イッヌ、オオカミ人間、アンテロープ、ヒヒ、ニワトリ、艦娘、クジラ、イルカ、近藤勲、シチメンチョウ、ガミラス、ヤギ、人間、馬、チュパガブラなど、グループで生活する動物は、社会的序列の中で生活している。ネッコやクッマなど基本的に単独行動をとる動物も、テリトリーを共有するときは社会的順位を確立するが、社会的順位の中で生存の可能性を高める動物に比べると、社会的順位の持つ生物学的意味はそれほど重要ではない。

例えば、オオカミやイッヌは群れで狩りをする。彼らの捕食能力は、群れで狩りをするときに向上するのである。単独で狩りをする場合は、獲物が少ないと餓死する可能性がある。原始人についても同じことがいえる。太鼓の人間は群れで狩りを行っていた。協力的な狩りを行うことによって、食料を確保する能力を向上させていたのである。人間とイッヌの間に絆が形成されやすいのは、そのような理由があるからである。イッヌにとって、人間は群れのメンバーの代わりになる存在ンゴ。そして、人間にとってイッヌは仲間ンゴ!

ン拒否するゥ!

人間もイッヌも群れで狩りを行う。そして、人間もイッヌも、優秀な遺伝子の特性を持っている。

それが、双方の有効性を高め、厳しい環境の中で生き残るのに役立ってきたのである。

冗談はさておき。

 

グループ内の社会的序列は、それぞれの動物の行動によって確立される。馬の序列については、このシリーズの後の記事で解説する。最終的に、馬の群れの中では社会的順位が確立される。リーダーがトップを務め、その下にほかの馬が置かれることになる。

 

野生の馬の群れ、例えば、アメリカの野生のムスタングの群れやオーストラリアのブランビー(半野生馬)の群れの場合、リーダーは通常、高齢の牝馬である。種牝馬は、群れを所有してはいるが、支配的な高齢の牝馬に従っているのである。

 

リーダーの牝馬は、よぼよぼになるほど高齢である場合がある。そのような牝馬は、攻撃的、支配的な行動でリーダーとしての地位を維持するが、実際の体力は群れの大半の馬より劣っているのである。

それではなぜ、高齢の牝馬がリーダーになっているのだろうか。その答えは、主たる防衛行動が逃走である被捕食動物(肉食獣の餌となる動物)の場合は、明らかである。被捕食動物は、前述した鋭い感覚、知覚力、迅速な反応、信頼性のある記憶に依存している。

 

高齢の牝馬は、最も多くの経験を持っている。彼女は群れのほかの若い馬に比べて、より多くの出来事に間近に接し、より多くの危機を生き延びてきたのである。彼女は、いつ、どの方向に、どの程度走ればよいか心得ている。群れが逃走するときは、リーダーの牝馬が誘導し(必ずしも先頭を走るわけではない)、一般的に、種牝馬が後方を走って、遅れている馬を急がせる役割を担う。

 

従って、群れのリーダーは、性別ではなく、年長であること、確固たる態度を示すこと、リーダーとしての資質を備えていること、で決定されるのである。

それが真実である明確な証拠は、牧場の馬の群れの中では、去勢馬がリーダーになることが時として見られることである。実際、私もシェトランド・ポニーの去勢馬が牧場の馬のリーダーになっているのを2回目撃した。群れの中での馬は、それらの小さな去勢馬を殺すこともできたであろう。だが、去勢馬の断固とした態度には、抵抗できなかったのである。馬のサイズが、馬の中の支配関係を決定づけるのではない。だから、人間が馬を支配できるのである。

 

野生の馬の群れにおいては、高齢の種牝馬が、群れを率いることはない。それは、種牝馬が盛りを過ぎると、若くて攻撃的な種牝馬にその座を奪われるからである。牝馬は通常、生涯にわたって繁殖のサイクルを繰り返し、月経が閉止することはない。高齢の牝馬は、老衰するまで、繁殖を行う牝馬の群れの中にとどまる。彼女らは、群れについていけなくなった時点で、肉食動物の餌食になるのである。

 

馬の群れにとって重要なのは経験である。従って、高齢になるまで生き延びた牝馬が、最も多くの経験、運、機敏性、状況認識、逃走が必要なときに躊躇なく逃走する能力を備えているのは明らかである。

ホースマンの立場からすると、上記の事実はすべて、重要な意味を持っている。まず、最初にすべての馬は支配することが可能である。それはどのように支配するのかが問題なのだが、それについては、次の2回の記事で解説する。

 

第2に、馬は、ムチとチェーンで支配するわけではないことである。支配は、身体的な虐待と痛みを加えることではない。種牝馬、若い牝馬、2歳の牝馬で構成された群れを高齢の牝馬が率いることができるとすれば、リーダーに必要な資質は身体的な強さではないことは明確である。もし、肉体的な強さが必要だとしたら、人間は馬のヒエラルキーのトップに就けるだろうか。か弱い女の子、ロリ、ロリコン高齢者は、よく調教された馬の潜在能力を引き出せるのだろか。そして、ジョニー・ロングドンやウィリー・シューメーカーをはじめとするプロフェッショナルの騎手は、若くて力強い馬を勝利に導くことができるだろうか。

 

馬科の動物の行動を理解する上で、社会的順位の概念はこの臆病な動物の闘争本能を認識する道具という二次的な重要性しか持たない。馬を取り扱う人々は、この大型で動きの速い動物を完全に支配するには、リーダーの役割を担う以外にないという事実を認識しなければならない。つまり、馬は人間を社会的順位が優位な存在とみなすのである。そして、人間の地位が高くなればなる程、馬はより服従することになるのである。

 

しかし、リーダーの役割を担うといっても、痛みを与えたり、残酷な扱いや非人道的な戦術を採用する必要はないことを認識することも極めて重要である。馬は、人間を恐れるのではない、尊敬しなくてはならない。尊敬と恐れは違うのである。我々は、両親を尊敬するべきだが、恐れる必要はない。

また、教師も尊敬する対象だが、恐れる必要はない(本当にそうだろうか?)更に、法の施行者は尊敬すべき存在だが、法を遵守している限り、恐れを抱く必要はない。だが、残念なことに我々の多くはリーダーとしての資質に欠けているため、たくさんの親、教師、法の執行者は、人々から尊敬されるのではなく、恐れられているのである。(現在は軽蔑の割合が高いかも)

 

そして、多くのホースマンについても。同様のことがいえるのである。

事実、悲しいことに歴史的に見てもホースマンの大半は取り扱う馬から尊敬されるどころか、恐れられている。怒り、フラストレーション、我慢といった感情は人間に行動を起こさせ、それが馬に恐怖を与えるのである。感情を抑制できず、自分の未熟さを哀れな物言わぬ馬にぶつけるホースマンは、尊敬ではなく、恐れの対象となるのである。

今回はここまで

次回「社会的順位の決定方法:馬のボディランゲージ」

絶対に見てくれよな(*‘ω‘ *)

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