馬の心を制御させる方法#19恐怖を伴う刺激への感受性の低減

こんにちは、最近WowsにハマっているSazamiです。

この記事は「馬の心を制御する方法(1997/10/6~11)」の資料をもとに作成しています。

基本的に原文のままですが、若干茶番が入ります。ご了承ください。

今回は、恐怖を伴う刺激への感受性の低減です。

 

ではいってみましょ(/・ω・)/

この記事はロバート・Mミラー博士の記事である。

ミラー博士は、国際的に知られている馬の行動についての専門家であり、「生まれたばかりの仔馬の刷り込みトレーニング」を始めとする書籍および論文の著者である

 

恐怖を伴う刺激への感受性の低減

驚きやすくて、すぐに怖がる馬という動物は、他の動物に比べて恐怖を伴う感覚的な刺激に対する感受性を迅速に低減することが可能であると聞くと、矛盾を感じるかもしれないが、それは本当のことである。

軍馬として調教された数百頭の馬が、その顕著な例である。馬は、集中砲火の中でおとなしく整列し、戦闘に使用され、武装した騎士を乗せ、弾薬を積んだ車や補給用のワゴンを引き、銃を発射する騎兵隊の盾になるため、横たわるよう調教されてきたのである。

今日でも、馬はパレードの旗や騒音に耐えている。警察の馬は、暴動を起こしている人々の中を静かに歩き、ハンターが使用する馬は、獲物を背負って歩くのである。また、人々は馬に乗ってバッファローやイノシシを追跡した。更に、ある地域においては、高度な調教を受けた馬が、闘牛の攻撃を巧みにかわしている。世界中の牧場では、馬が半野生の家畜の群れの中に入り、曽於の群れを管理しているのである。

馬は、先天的な逃走本能、鋭い知覚、反応性(以前説明した馬の特性)を備えているにも関わらず、上記のような状況に耐えることをすぐに学習する能力を持っていることは、驚くべきことである。

 

どのようにすれば可能か

それは、可能である。というのは、主要な生き残りのための行動としての逃走に依存する動物は、逃走を喚起するが、害のない刺激であれば、直ちに感受性を低減しなければならないからである。

そうでなければ、永遠に逃げ回ることになり、餌や水を取り、休憩し、繁殖する時間が無くなってしまうからである。

アフリカ水牛やサイなど、恐るべき武器を備えている動物は、感受性の低減をゆっくり行う余裕がある。ちょっと攻撃するだけで、大半の敵を追い散らすことができるからである。しかし、馬はいつ逃走して、いつじっと立っているのが安全かを、いち早くに学習しなければならない。従って馬には、どんなに刺激が大きくても、それが害を及ぼさない限り、その刺激を無視するよう教えることが可能なのである。

それを教えるには2つの方法がある。一つは馴化で、もう一つは段階的な感受性の低減である。

 

馴化

馴化は専門用語で、対象となる動物が特定の刺激に慣れてしまい、刺激を受けていることに気が付かなくなる状態を意味する。

例えば人間でも、精製工場やガソリンスタンドなど、常ににおいがある場所で働いている人は、やがて、その臭いに気が付かなくなる。また、蛇口から水が落ちる音や、時計の大きな音は、我々が寝室で馴化している聴覚的な刺激の例である。

潜在的に逃走を起こさせる刺激に対して、馬を馴化させる際、我々は情動洪水法という技術を使用する。完全に密閉した場所に馬を入れて逃げられないようにしたのち、大きな刺激を反復的に与えるのである。最終的に、多くの場合は、1分以内に当初は刺激を恐れていた馬はリラックスし、そのうちに刺激を無視するようになる。

馬のトレーニングで最も多く持ち入れられている技術は、牝馬に対する「サッキング・アウト」で、アメリカ西部の牝馬を初調教する際に伝統的に行われている。囲い場、あるいは足かせと手綱で拘束した牝馬に、パタパタするサック(袋)や毛布で触り、馬がその刺激にじっと耐えれるようになるまで、その動作を繰り返すのである。

私が1984年に制作した『馬の心に影響を与える方法』のビデオにおいて、私は3歳の未出走の牝馬のサッキング・アウトを、大きな音が出る紙袋を使用して行っている。紙袋は見慣れないものなので、馬にとっては視覚的、聴覚的、嗅覚的、触覚的に恐ろしい刺激となる。逃げることができない牝馬は、すぐに落ち着きを取り戻し、ガサガサする紙袋を無視するようになる。それどころか、紙袋で撫ぜるようにするので、馬はそれを楽しんでいるように見えるのである。

情動洪水法を使用する際には、馬を逃走させないようにすること、また、刺激を与える行為をすぐにやめないことが必要負かけるである。馬が逃げようとしているとき、あるいは逃げようと考えているときに、馬を逃走させたり刺激を中止したりすると、逃走行動が強化されることになる。そして、次に同じ刺激を受けたときに、前回、刺激を「中止させることに成功した」行動に頼ることになるのである。

逃走行動を起こす馬が多いのは、そのような理由があるからに他ならない。

 

反復

ある刺激に対して馬を馴化させるには、馴化が発生するまで刺激を繰り返して与えることが、必要負かけるである。刺激は、多く与えすぎることはない。だが、馬が刺激を完全に受け入れる前に刺激を中止するのは、重大な誤りなのである。

因みに、多くの人々は、不注意により、また無意識に、馬に反応を起こしてほしい刺激を回避反応によって馴化させているのである。

 

例えば、踵あるいは拍車で馬を反復的かつ無目的に、時には馬がステップを踏むたびに突く乗り手がいる。そうすると、馬はその反復的な刺激に慣れてしまい、もはや反応しなくなる。無能な乗り手は、より強く蹴ること、あるいはより大きな拍車を買うことで、その事態に対処しようとする。

 

馬が特定の刺激に慣れていることは、どうやって知ればよいのだろうか。それは、馬が刺激に反応しなくなること、刺激を怖がらないようにすること。そして、それを無視するようになることによって認識できるのである。だが、刺激を与えるのを中途半端で中止すると、望んでいるのと反対の反応が発生すること(つまり、刺激に静かに耐えるのではなく、逃走すること)は忘れてはならない。忍耐強く、作業を継続することである。

 

馬は驚くべき速度で学習し、それを決して忘れてないが、だからと言って、推理する能力を持っているわけではない。従って、左の目に対する視覚的な刺激を習慣化したら、右の目に対しても同じことを行わなくてはならない。馬にとっての変化は、「新しい種類の球技」を意味するのである。馬に対しては、材質、サイズ、形、色の違う袋は、それぞれが新しい刺激となる。毛すきぐしで馬の前身の感受性を低減しても、一つの部分の感受性低減を行わなかったら、その部分に触れられたときに恐怖の反応が発生するのである。

 

馬がある種の電気バリカンに耐えることを学習した場合、異なる種類、異なる音を出すバリカンに恐怖の反応を示したとしても驚いてはならない。人間にとってはバリカンの種類が違うに過ぎないが、馬にとっては新しい、そして慣れていない聴覚的刺激なのである。

 

段階的な感受性低減

この技術の最終結果は、馴化の最終結果と同じである。それでは、どこに相違点があるのだろうか。

この技術は、多くの時間をかけて、ゆっくりと段階的に行われるのである。

それでは、なぜ、人々はこの技術を選択するのだろうか。

情動洪水法がもつ唐突性、恐怖性によって馬あるいは取扱者(あるいは双方)が怪我をする恐れがあるときは、より長い時間がかかっても、段階的な感受性低減を行うのが安全かつ賢明である。

 

動物には、近づくが遠ざからないというのは人間、とりわけ男性、さらには若いぼっちの性質である。

その行動があったからこそ、人間は厳しい世界で生き延びることができたのである。しかし、馬を扱う場合、そのような行動はすでに恐怖心を抱いている馬を更に威嚇し、逃走行動を促進する、あるいは逃走が不可能な場合は、攻撃的な行動を喚起することになる。

 

従って、人間が近づくなどの恐怖を伴う刺激を馬に与える場合は、逃走反応が起ころうとするときに、人間が、1~2歩後退するのである。すると、逃走反応が抑えられ、馬の懸念が解消される。そのように、前進と後退を繰り返し、馬が逃走しようとする緊張する態度を注意深く観察して、馬に対する行動をコントロールするのである。そして、前進・後退を続ける中で、少しずつ馬に近づいていく。馬が怖がる様子を見せたときには、少し後退する。囲いの中にいる馬には、そのような方法で最終的には触れることができる。

 

そして、その方法を適切に行うならば、馬はやがてリラックスし、人間が触れても何の反応も示さなくなる。すべての作業は、時間をたっぷりかけて行われる。

実践的な例を掲示しよう。獣医であった私は。馬の目蓋を持ち上げて目の粘膜の色を定期的に検査する必要があった。私の恰好と。「獣医のような臭いがする事」によってすでに恐怖心を抱いていた多くの馬は、頭を手が届かない高さまで上げた(回避反応)。若くて愚かだった私は、攻撃的に馬を追い回した。もちろん、私の行動によって馬の恐怖心は増大し、回避行動に拍車がかかった。その結果、馬の唇に鼻ネジを使用することが多くなった。鼻ネジの使用については、段階的な感受性低減を行うのが理想的である。それについては、後の記事で解説する。

 

私は最終的に、ペースを落とし、(人間は推理力は備えているが、馬のように早く学習することはできない)、威嚇的な態度を改め、馬の顔を愛撫し、馬の目に近づくときに前進・後退法を採用することを学んだ。私の手は、徐々に馬の目の近くに達するようになった。馬が恐怖の表情を表した場合、私は遠い部分を撫でるようにした。

 

しばらくすると、私は馬の目をいじることができるようになった。そして、何より嬉しいことに、馬は私が触るのを喜ぶようになったのである。それは、馬にも私にも安全な方法であり、より穏やかな解決策であり、多くの場合、私の顧客の安心感と尊敬の念を勝ち得るものであった。

今回はここまで

次回「支配・リーダーシップ」

絶対に見てくれよな(´・ω・`)

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