馬の心を制御する方法#14ホースマンシップ革命

こんにちは、眠気との戦いにことごとく敗れているSazamiです。

この記事は「馬の心を制御する方法(1997/10/6~11)」の資料をもとに作成しています。

基本的に原文のままですが、若干茶番が入ります。ご了承ください。

今回は、馬の心を制御する方法第2部:ホースマンシップ革命です。

たぶんつまらないです。

ではいってみましょ(/・ω・)/

ホースマンシップ革命

この記事はロバート・Mミラー博士の24回シリーズの論悦の第24回目の記事である。

ミラー博士は、国際的に知られている馬の行動についての専門家であり、「生まれたばかりの仔馬の刷り込みトレーニング」を始めとする書籍および論文の著者である

 

考古学者によると、人類は約6000年前から馬を家畜にしていたそうである。しかし、ホースマンシップの技術の集大成が行われたのは、19世紀の後半になってからであった。内燃機関の出現に伴い、自動車、トラック、トラクター、戦車、戦艦などが馬にとって代わるようになった。(馬は海も走れたようだ。)

 

20世紀半ばになると、アメリカ合衆国の馬の数は200万頭に減少した。

因みに、1905年には、2200万頭のピークに達していたのである。しかし、今世紀の後半になると、馬の数は増加に転じ、600万から800万頭(情報による)に復活したのである。数の増加は、そのほとんどがレクレーション用の馬が増えたためである。レクレーション用の馬の所有者および取扱者の大部分は、馬とは無関係に育った人であり、馬の調教には適さない人々である。彼らは、ホースマンシップの素晴らしい要素を全く学んだことがないのである。

プロのホースマン(調教師、生産者、装蹄師、獣医)の中にも、特定の問題を解決する際に、最新の向精神薬に頼る傾向がみられる。常に精神安定剤、気分を改善する薬剤、睡眠薬、麻薬、分離剤などに頼って行動の問題を解決しようとする人は、心理学的な手段で馬を制御する方法を学ばないかもしれない。

だが私は、そのような薬剤の合法的な使用に反対しているわけではない。薬には使用すべき時があり、獣医である私はおそらく、私の同僚に比べれば自由に薬剤を使用していたと思う。私がしたくないのは、馬と力ずくで争うことである。私が薬剤を使って馬を抑制するのは、馬を心理的に制御する時間が限られているときである。獣医という職業の中では、薬剤は重要な位置を占めている。だが、トレーニング用の馬房、下見所、野外の小道などでは、薬剤を使用する余地はないはずである。そのような場所での問題行動は、行動形成技術あるいは、行動修正技術を用いて解決できるはずであり、解決すべきである。

従って、19世紀後半に優れたホースマンが著した書物は最新のホースマンシップに関する最良の情報源の一つである。20世紀が終わりに近づいているにも関わらず、私は『ホースマンシップ革命』という言葉を口にしている。その活動については、後ほど説明する。それはさておき、全盛期に生きていた著書の指摘していたことは興味深いことであると同時に、価値あることである。そして、彼らの多くが獣医であったことは決して偶然ではない。

馬を取り扱う獣医ほど、大きな問題に直面するホースマンはいない。獣医が馬に対して与えるものは、その大部分が恐怖あるいは痛みである。更に、獣医はほとんどいつも忙しい状態にいる。獣医はストレスを与えることの多い職業なのである。急いで物事を取り扱うと、馬は協力してくれないのである。

忙しい獣医は、ほかのホースマン(装蹄師、調教師、騎手、ドライバーなど)より多くの馬1日で取り扱うことがある。一般的に馬の臨床獣医は、1日に10頭から100頭の馬を取り扱うのである。その数は、馬房にいる馬に対して寄生虫駆除、予防接種、そのほかの予防的な医療措置を行うときはもっと増える。

獣医は、普通の日であっても、20~30頭の馬を扱っている。

従って獣医は、有能かつ優秀な馬の取り扱い者になる必要がある。それは、様々な薬剤を自由に使用できる今日でもいえることだが、19世紀の終わりから20世紀にかけては、本当にそうであった。

19世紀の『馬の調教師』の中で最も有名な人物はラリーであった。彼の観察したものは、ホースマンにとって常に関連性のあるものであり、今後もそうであり続けるであろう。

ラリーは、次のような言葉を残している。

「第1に、馬は自然によって形づくられたものの中で、馬に対する欲求を自然の法則に従って行うならば、馬はその要求に抵抗することなく、要求を完全に理解する。」
「第2に、馬は経験の範囲を超えて自分の強さを認識することはないので、人間は力に頼らなくても、医師の力で馬を取り扱うことができる。」
「第3に、自然の法則(馬は、その法則に従って、初めて見るものを調べる)に従うならば、人間は馬にとってどのように恐ろしいものであっても、それが痛みを伴わない場合は、馬に恐怖を与えずに、馬のどの部位にも装着することができる。」

 

「上記の事実から、神は人間の友人、仲間、使者、使徒として馬をお造りになったことを理解することができる。神は、よく考えて馬をお造りになったので、平均的なセンスの持ち主であれば、大した苦労もなく、また虐待することもなく、馬を役に立つ存在に変えることが可能なのである。」

 

ラリーの最も有名な業績は、どんなに悪癖のある馬でも、即座に鳴らしてしまう能力を持っていたことである。彼の名声はヨーロッパに広がり、ビクトリア女王の持ち馬を担当することになった。

彼のとった方法は単純である。ラリーは1本の足に足枷を付けたのである。それで十分でない場合は、馬を横臥させた。このシリーズ全体を通して繰り返し説明したように、動きの抑制が、服従の態度を生み出すのである。

もちろん、ラリーの技術はオリジナルなものではなかった。彼は、デントン・オフェットという人物から学んだのである。

ロシアのセント・ペテルブルグには、グレコ・スイタイ美術のコレクションはある。

その中には、銀の台座の上に浅浮彫りが施されている作品がある。若いスキタイ人の男が馬を縄で縛っているレリーフである。その男は、1本の前脚を縛り、馬にひざまずかせてから、鞍と頭絡を付けているのである。その台座は、2600年前に作られた。

1992年に大統領候補のロス・ペロー氏が書いた電気の中で、ペロー氏は自分の鼻が曲がっていることについて説明している。若い頃の彼は、1日1ドルで牝駒の調教を行っていた。そして、頻繁に振り落とされたのである。ある日、馬から落ちたペロー氏は鼻を骨折した。彼の災難は、1本の前脚を布(粗製麻布と思われる)で縛ることを覚えるまで続いた。だが、前脚を縛られた状態で5分ほど立っていた馬は、飛び跳ねることなくペロー氏を騎乗させたのである。

クリストファー・フォレスト大佐が著し、ロバート・M・デウィットが1870年に出版した『完全なアメリカの装蹄師と馬の獣医師』の中では、次のような意味深い観察が行われている。

「この本の作者は、基本的な原則を説明する際に、尊敬すべき調教師と意見が食い違うことを少しも恐れてはいない。その原則とは、ほかの条件が同じなら、馬は最も「調教しやすい」動物であり、癖や悪癖から最も遠い存在であり、最も信頼すべき従順な動物と同時に、最も精神力と忍耐力がある動物である。という原則である。デウィットにとって、調教がうまくいかなかった馬はいない。また彼は、人間が馬の支配者であり、自由になろうという馬の目論見は失敗に終わることを初めて認識したときに、馬の調教を苦労したり、馬を恐れたりすることがなくなったのである。」

馬の調教について書かれた最も優れた書籍の一つは、イギリス陸軍の獣医師であったM・H・ヘイズ大尉が著した『図解による馬のトレーニング』(1889年)である。このシリーズで私が言及した行動形成技術と、私が説明した馬の心についての特性は、その大半がヘイズの本で解説されている。私は、今日の行動生物学の原則に従って、その本の用語を現代的な用語に直しただけである。ヘイズは、彼の時代より1世紀ほど先に進んでたことになる。

ビアリー教授の馬のトレーニングに関する本は、当初は今世紀が始まる前に出版されたが、現在でもオハイオ州プレ残と・ヒルのビアリー・ホースマンシップ・スクールで入手することが可能である。ビアリ―が馬の調教師として成功したのは、馬の動きの抑制と関係がある。彼は、W型の動索を使用した。扱いにくい馬の両前脚をその道具で引き離したのである。問題がそれほど大きくない場合は、彼はハーネスを使って1本の前脚だけを括り付けた。

このシリーズを書くようになった動機の背景にあるコンセプトの一つを上げるとすれば、威圧的な方法ではなく、説得するような方法を用いれば、馬をより有効に調教することができる。というものである。馬が望む行動を引き出せる説得的な方法は安全かつ迅速であり、馬がしなければいけない行動を引き出せる威圧的な方法より、効果が長続きするのである。それではなぜ、人間のあらゆる文化において、威圧的な方法が基本的なトレーニング技術として使われてきたのだろうか。それは、威圧的な方法が人間にとっては自然だからである。我々は肉食動物であり、攻撃的な動物である。そして、一般的に若い男性の場合は、攻撃的な傾向が強いのである。

一方馬は餌となる動物である。従って、臆病であり、簡単に怯えるのである、恐怖に対する馬の反応は逃走である。そして、物理的な力、痛み、威圧などを利用すれば、馬の逃走を抑えることが可能である。飛越、競走、ドライビング、馬場馬術の動きなどは、単に抑制された逃走反応が条件反射になっただけのことである。しかし、馬は恐怖からだけではなく、喜びや悲しみのために走ることもある。従って、非威圧的なトレーニング技術をを用いれば、喜んで、かつ上手に運動を成し遂げることができるが、特に重要なのは動きの抑制である。もちろん、多くの伝統的な調教師は、そのような考え方を受け入れようとしないだろう。「ホースマンシップの革命」に関わっている医師は、多くの人から批判されている。そのような批判的な人々に一つ私的しておきたいのは、野生の馬はほとんどの場合、年齢の高い牝馬に引き入れられている事実である。事実、そのような牝馬はよぼよぼの状態であることが多く、群れの中で身体的に一番強い馬ではないことは明白である。

 

リーダーシップは、最も早く最も強い馬に与えられるのではないだろうか。

答えはノーである。

リーダーシップは、賢く、経験豊かで、年齢を重ねた馬に与えられるのである。

 

そして、その地位は、群れのほかのメンバーの動きを断固としてコントロールすることによって維持される。人間も同じことを行うことができる。それが、「ホースマンシップの革命」の基礎となる原則(現在は『自然なホースマンシップ」)なのである。

なぜ、そのような名称がつけられたのだろうか?それは、人間ではなく馬にとって自然だからである。

私が『ホースマンシップの革命』と呼んでいる運動には、「新しい時代のホースマンシップ」「ホースマンシップのルネッサンス」「世界的なホースマンシップ」そして特に『自然なホースマンシップ』と呼ばれるトレーニング技術が含まれている。実際には、我々が口にしている種類のホースマンシップには、何も目新しいものはないのである。その概念は、少数の才能ある調教師が抱いていたものである。だが、現在はこの非対立的で人道的、迅速で有効なトレーニング哲学は世界中で人気となっているのである。なぜだろうか?それは、今日のホースマンは教育水準が高く、心理学を受け入れているからである。また、大半の技術分野で、情報の爆発が起こっているからである。トレーニングに関する言葉は、ビデオ、出版物、あらゆる場所にジェット機で素早く移動する獣医師によって広められている。

 

今回はここまで

次回「馬の心を読む方法」

絶対に見てくれよな(´・ω・`)

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